

“For this reason….” 「この一つの理由のゆえに・・・」
この世の人が病気になるのは、別に驚くことはないですが、イエス・キリストの守りの契約に入れていただいているクリスチャンが病気になるのであれば、理由があるはずです。
「そのために、あなたがたの中に、弱い者や病人が多くなり、死んだ者が大勢います。」(1コリント11:30)
"For this reason many are weak and sick among you, and many sleep." (1Corinthians 11:30)
聖霊は使徒パウロに語りました。“For this reason….” 「この理由のゆえに・・・」(1コリント11:30)
たくさんの理由がある“For these reasons….”ではないのです。複数形ではありません。一つの理由です!
「そのために(for this reason)、あなたがたの中に、弱い者や病人が多くなり、死んだ者が大ぜいいます。」
ただこの一つの理由を学べばいいのです。この一つの理由のゆえに、多くのクリスチャンは弱く、病気になって、早死にしてしまうのです。
つまり、なぜ主のみからだをいただくのか、どうしてパンを食べるのかを、理解せずして、ふさわしくない動機態度になってしまい、救い主の聖なる命にあずかることができなくて、弱り、病気になり、時を待たずして死んでいくのです。
ここで、間違った教えは、「もしあなたがふさわしくないなら、・・・」を、もしあなたの人生に罪があるなら、弱って病気になって早死になってしまうから、聖餐に預かってはいけないというものです。
しかし、この教えは聖餐を通しての素晴らしい祝福を呪いに変えてしまっているのです。
昔通っていた教会でも、同じようなことが教えられました。罪か何かあってあなたがふさわしい者でないなら、聖餐に預からないように。あなたが病気になったり、災難があなたに降りかかってくるから。だから聖餐のパンとブドウジュースが回ってきても、自分を通り越してもらうようにしていました。ひょっとして、罪が自分にあるかもしれない・・・身の安全策をとっていました。この間違ったティーチングは、イエスの死を通して与えられている祝福や恩恵を私から奪い取っていたのでした。
実際は、手にパンをとる時、神の愛の最も偉大な表現に触れることになります。この愛のゆえに、キリストは背中の残酷な鞭打ちに耐え、体に暴打やうち傷を受け、砕かれるのに身を任されたのです。そうすることで、私たちの体が守られるためです。病やウィルス感染症状に代えて、イエスの健康と健全さを受け取る信仰を解き放っていきましょう。
また、ぶどうジュースを頂く時、罪のない神の御子の血が、罪の赦しをもたらしただけではなく、永遠に義なる者、聖なる者、非の打ちどころの無い者としてくださったことを思い起こし、感謝しましょう。
「私はキリストにあって、神の義です!」と宣言していきましょう。
Jesus loves you so much.