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徐々なる回復

 

信仰の祈り(マルコ11:23-24)で癒しを受けることができます。この信仰の祈りでは、祈っている人にプレッシャーを与えてしまうかもしれません。即効性を期待するからです。信仰の祈りは素晴らしいのは、過言ではありません。信仰の祈りは全然間違っていません。「今、信じましょう!」とプレッシャーを与えかねません。「私は、今受け取らなければならない。今信じて、受けとらなければならない!」、と力んでしまいがちです。

聖餐式は受けるたびごとに、徐々に良く快復していくのです。ある人は聖餐式で、即効的に癒しを体験する場合もありますが、聖餐式を信仰で預かれば預かるほどに、回復を体験していくでしょう。

 

この聖餐式の祝福についてのメッセージは、あなたの生きる年月を増やしますし、その年月にいのちを加えるでしょう。サタンは最善を尽くしてあなたから祝福を奪おうとしています。今日も教会に来ることを留めようとしませんでしたか?

 

最高の賜物は言うまでもなく、救いです。救いに続く賜物は健康ではないでしょうか。どんなに経済的に豊かで最高級車を数台持っていても、運転できなかったら、・・・

どんな高級料理を買うことが出来ても、体が受けつけずお粥しか毎日口にできなかったら、・・・。不健康であったら、家族と一緒に楽しむこともできません。ですので、健康は、他のすべての神さまの祝福をこの地で楽しむ基盤となるのです。

 

使徒2:41-46を読んでみてください。初代教会のクリスチャンたちは4つのことを毎日していました。v42にあるように、1 新約の教え 2フェローシップ 3聖餐式 4祈り

 

v46では、毎日教会で、家々で、集まって上記のことをしていたのです。3聖餐式も頻繁にしていました。だからと言って、「毎日聖餐式をすべき」といった律法にしないでください!薬を毎日服用しているなら、同じように毎日することを勧めます。

 

腎臓がんを患っていた牧師の証し

救急病棟で治療を受けていました。クリスチャンの兄弟と一緒にベットで聖餐式を預かっていた同時刻に、同じ病院の別病棟で彼の癌細胞のサンプルを顕微鏡で見ていた専門医たちがいました。彼らの目の前で、顕微鏡から見ていた癌細胞がドンドン死んでいくのを目撃しているのです。

 

キリストなしなら、守りなしだから、ネガティブな状況になって当然です!でも、キリストの内に生かされているクリスチャンにとって、聖餐式の祝福は特権です。

 

マタイ8:17に、「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った」とありますが、ある人たちは、これは、霊的なことと言います。でもイエスさまは、現実的に病にある人たちを癒されたのです。

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