

29日目
私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。(エペソ1:7)
キリスト意識であれ
今までに、「今日、私は罪を犯さない」と言って、朝目覚めたことはありますか?そして家を出るときに、「今日、罪に陥らないように気を付けなければならない。罪を犯したくない。罪を犯さないぞ!」と言うのです。たとえ罪を犯していなくても、あなたがこのようにするとき、あなたはもはやキリスト中心意識ではなく、罪中心意識なのです。
男性の方たち、「万が一情欲にかられるかもしれないので、どんな女性も見たくないです。」といった思いに浸ったことはありませんか?このような思いにあるとき、あなたは罪の意識にあるのです。そして遅かれ早かれ、あなたの心に情欲を抱くでしょう。あなたは外見上の罪は犯さないにせよ、心の中で罪を犯すのです。
すべての罪を言い表わそうとしたことはありますか?私はあります!10代の頃、思わしくない思いが浮かんだとき、「主よ。ごめんなさい。この思いを抱いたことで、私をイエスの名で赦してください。」と素早く、言ったものでした。 そしてもう他の思いがやってきて、「あの思いを抱いてしまったことで、私をイエスの名で赦してください。」と素早く、言ったものでした。そしてもし神さまの赦しに対して疑うものなら、私の不信仰を告白して、赦しを求めたものです。「あなたを疑ったりして、主よ、私を赦してください。」と。気づいたときには、私の思いは抑圧されていて、キリストを意識する代わりに罪意識がひどかったのです。
あなたが罪に堕ちようものなら、神さまはあなたにキリスト中心意識に徹して欲しいのです。このことは、あなたが失敗してしまったとき、あなたはキリストにあって、彼の血潮を通して罪の赦しが与えられていることに意識を持って欲しいと願っておられます。キリストがあなたの罪のために刺し通され、砕かれ、彼への懲らしめがあなたに平安をもたらしこと(イザヤ53:5)に、あなたの意識が集中するように神さまは願っておられます。
あなたがキリスト中心意識にあるとき、私たちの主イエス・キリストによって、神さまとの平和を持っています(ローマ5:1)罪を知らない方を、あなたの代わりに罪とされたがゆえに、あなたはキリストにあって神の義であること(2コリント5:21)を知るのです。彼があなたの罪を受けて、今あなたが彼の義を持つのです。
だからあなたが失敗したとき、あなたの失敗に意識を置いて、悪く感じ罪の責めを感じたりしないでください。代わりに、キリストにあってあなたが誰であるかに意識を置いてください。あなたの身を起こして、埃を払いのけ、神さまとの歩みを続けてください!