

27日目
…神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる方。・・・
(ローマ4:17)
呼び出せ!
「プリンス牧師、私は体に痛みを感じます。キリストがこの病気から私を贖ってくれたなんて、どうやって言い回ることができますか。彼の打ち傷によって私は癒されるって、どうやって言えますか。」 そうですね。神さまの方法は、無いものを有るもののように呼ぶことです。そして、あなたは神さまの似姿に創られているので、あなたもまた、無いものを有るもののように呼ぶことができるのです!
神さまがアブラハムを多くの国民の父にさせたかった時、何をなさいましたか?神さまはアブラハムの話し方を変えました。その時、サラは不妊であったので、彼には彼女を通して子どもは一人としていませんでした。それで彼はどうやって多くの国民の父になりえたのでしょうか?
神さまはアブラハムの語り方を変えました。どうやって?彼の名前をアブラムから、「多くの国民の父」を意味するアブラハムへ変えることでです。(創世記17:5)
ちょっと想像してみてください。その時から彼が誰かと会うたびに、「こんにちは。私の名前は多くの国民の父です。」と言ったことでしょう。夕食の支度が整うごとに、サラはアブラハムに大声で、「あなた・・・多くの国民のお父さん・・・夕食よ!多くの国民のお父さん・・・」と。近所の人たちが「彼らはすごく子どもに授かりたいと思っているあまりに、気が狂ってしまった!」と言うのを、あなたはただ耳にするのです。しかし、神さまはアブラハムがもうすでに受けている祝福を見ました。アブラハムがそれを呼び出すように、神さまはアブラハムの話し方を変えたのです。
ご存じのように、イエスが手のなえた男性を見たとき、「何てことだ!すごくなえている!」とは言いませんでした。「手を伸ばしなさい!」と言われました。(マタイ12:13)イエスは彼が望んだことを呼び出したのです。彼が中風の人を見たとき、「起きなさい。寝床をたたんで、家に帰りなさい!」と言われました。(マタイ9:6)彼は、自然の在り方のままに物事を見ませんでした。彼は、神さまが意図するようにそれを見て、呼び出しました。
創世記1章で初めに、地全体が暗やみであったと言っています。神さまは暗やみを見て「光あれ!」と言われました。そして光ができました。神さまが望むことを呼び出して、そのようになりました!もし私やあなたであったなら、「何てことだ!真っ暗だ!」とおそらく言っていたでしょう。
痛みにかかわらず、あなたの癒しを呼び出してください。明らかなことを口に出しても意味はありません。だから、あなたの話し方を変えてみましょう。神さまが意図とする見方で物事を見て、あなたの癒しや健やかさを呼び出し始めてください!