

24日目
まことに、彼は私たちの嘆き(病)を負い、私たちの悲しみ(痛み)をになった。
(イザヤ53:4)
まことに!
ある人たちは、癒しが現実に現れるのを待っているときに、イエスが彼らの罪や恥を負ってくださったように、確かに彼らの病気や痛みをも負ってくださったとは信じがたいと思っているのです。もしあなたがその一人であるなら、罪の定めを感じてはいけません。天のあなたの御父はご存じです。だから「まことに、わたしの子があなたの病を負い、あなたの痛みをになった。」と神さまがおっしゃったとき、「まことに」の言葉をそこに添えたのです。
かつて私の娘のジェシカが、気分がすぐれなくて、一晩中泣いていました。数日間ずっと病んでいました。書斎で、私は聖書を手にした時に、主はイザヤ53:4に私を導いてくれました。そこで語っているのは、「まことに、彼は私たちの嘆き(病)を負い、私たちの悲しみ(痛み)をになった。」です。そこで、私はこの箇所を原語であるヘブライ語を理解しています。それは、「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。」だから、「まことに、彼はジェシカの病を負い、・・・」と口に出して言いました。
しかし、その聖句が私にとって全く現実性のないようでした。彼女の泣き声の方がより現実でした。その時、突然にして聖霊がその聖句にある一つの言葉に目を開かせ、その引用部分全体を革新的な方法で見せてくれました。 その聖句の最初の言葉に気づきますか?「まことに、・・・」とあります。まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになったのです。次の聖句「彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、・・・」に目を留めてください。すべてのクリスチャンは、イエスが私たちの罪のために刺し通されたことは、知っていて信じているのです。しかし「まことに」の言葉は、この箇所にはおかれていなくて、前の聖句にはあるのです。私たちがイエスは私たちの病をも負い、私たちの痛みをもになったことを信じきれないことを、神さまは知っているのだと思います。だから、私たちが信じやすいように、そこに「まことに」の言葉を置きました。
私がそれをみた時、自分の聖書を床の上に置いて、その上に立って言いました。「お父様、あなたは、私が敬意を表していないわけではないことをご存じです。私はあなたの言葉の上に立っています。まことに、イエスはジェシカの病を負い、痛みをにないました!彼女の泣き声が聞こえてこようが気にかけません。まことに、あなたの御子、あなたの愛する御子が、彼女の病を負い、痛みをにないました!ハレルヤ!」その晩に打ち破りを経験しました。その晩、幼いジェシカは癒されました。
あなたやあなたの愛する人が、何かの病か痛みで、現在苦しんでいますか?
まことに、私たちの主イエスはあなたの病を負い、あなたの痛みをになわれました。そしてあなたがこの真実を信じる時、まことに、あなたの癒しと打ち破りを体験できるのです。